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“われもこう”の想い その43「父の日に向けて」

われもこうの花は小さい
だから誰も振り向かない
誰も気がつかない
でも、われもこうは
誰かのために 何かをしたいと
ずっと願ってる
私も、障がいのある彼らも
ただの人間
天使でも悪魔でもない
ただの人間
目立たない花だけど
力一杯咲き切りたい

令和4年7月1日 その43「父の日に向けて」

「母の日」は、5月の第二日曜日、「父の日」は、6月の第三日曜日ということを、B型の就労支援室の講話や、日中一時支援の社会学習で、話しました。
社会学習では、生活介護のみのりで織ったさをり織りの残布を使って、自分達で、バラの花を手作りしました。

社会的に、花屋さんの商売的?に決められた「母の日」「父の日」に、乗ってという訳ではありませんが、こういう機会に、自分を産んで育ててくれたお母さん、お父さんの存在に改めて目を向けて、考える日にしてほしいと毎年願って、手紙を書いたり、作品作りに取り組んでいます。

社会学習のメンバーは年齢が比較的高いため、お父さんと同居している人は少なく、グループホームで生活しているため、時々、実家に帰った時に会えるとか、天国にお父さん入るという人が殆どです。改めて、「お父さんにしてもらったことを思い出して」と言うと、なかなか出てこない人が殆どです。

子どもの頃、どこかへ連れて行ってもらわなかった?などヒントを出していくと、少しずつお父さんとの関わりを思い出していきます。

旅行に連れて行ってもらったこと、魚釣りに一緒に行ったこと、お昼ご飯を作ってもらったことなどなど‥。
友達の話を聞いて、自分もそうだったと思い出していく姿も見られました。こんな活動も一人でより、友達の話題にヒントになって思い出していくのだなと、集団の刺激の大切さを改めて感じました。

お父さんへ
美味しい料理を作ってくれてありがとう。体に気をつけてお仕事がんばってください。
今日、僕がバラを作りました。バラをうけとってください。
ながいきしてください。

父へ
僕が小学校低学年の時にバス通学だった時にバス停まで送ってくれてありがとう。
旅行や家族で外食をする時にいつも車の運転をしてくれてありがとう。
後、風呂そうじもしてくれてありがとう。
父に手紙を書くのは、恥ずかしい事ですが、今回の社会学習で父の日のためにバラを作って、手紙を書きました。
これからも元気でいて下さい。

おとうさんへ
いつもしんぱいをかけました。
自分はヤクルトでがんばっています。コロナでおとうさんのところにまったくいけなくなってざんねんです。
おとうさんもからだにきをつけてください。
自分はバラをつくりました。うけとってください。

お父さんへ
いままでそだててくれて
本当にありがとうございます。
さいきんは、コロナでなかなかのみに行けてないけど2人でビールのみながら、野球かんせん行きたいです。
ふだんはなかなか言えないけど僕はお父さんのことが大好きです。

 

正面向かっては、なかなか言えない言葉を照れながら、文章にした彼らの胸の内を考えると、ジーンと込み上げて来るものがありました。

手紙を書いた後、生活介護事業所みのりで開発したバラの花作りに挑戦しました。
部品はみのりで用意してもらったので、軸に花びらをつけていくのですが、ボンドが手についてしまったり、しっかり押さえないと、花びらが取れてきたり‥と苦労しながら、なんとか花の形が出来上がってきて、軸に葉っぱをつけてフローラテープを巻き仕上げました。

リボンでちょうちょ結びをして出来上がり!と思いきや、ちょうちょ結びを忘れてしまっている人が、殆どで、私の方がびっくり‼️でした。

就労する前に必ず就労移行支援でも指導して、できるようにしていました。発達部門でも必ず夏休みにちょうちょ結びのための教室を毎年開いていたので、ほとんどの人がちょうちょ結びができるはずと思っていました。

自分達でも、「前はできたのに‥。どうやるんだっけ?」と自分でも、できるはずという思いと、現にできない自分のギャップに悩んでいました。
就職した後、いろいろ今まで学んで身につけたことを忘れてしまっている人が結構いると、最近気付かされるとが続きました。

「やり続けなければ忘れてしまう」ということを、しっかり踏まえ、就職してからも普段の生活の中で、やり続けなければ身についていかないということをしっかり、支援者側もわかっている必要があります。

そういうことを踏まえ、一生を見通した支援をし続けなければならないことを改めて感じたバラ作りでした。
学校の卒業後の方が長くて辛い、支援が必要と思って創ったあかねの会の創設時の想いをしっかり、若い支援者にも伝えていかなければと思いました。

吉田 由紀子

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