われもこうの花は小さい
だから誰も振り向かない
誰も気がつかない
でも、われもこうは
誰かのために 何かをしたいと
ずっと願ってる
私も、障がいのある彼らも
ただの人間
天使でも悪魔でもない
ただの人間
目立たない花だけど
力一杯咲き切りたい
令和3年6月28日 その23「世界に一つしかないマフラー」
今年も隣の町会から、敬老の日のお祝い品にしたいからと、さをり織りのマフラーの注文を64本も頂きました。
ここ数年、毎年注文を頂き、B型の利用者が一生懸命さをり織りに取り組んでいます。
さをり織りは、彼らの感性に任せて、彼らの選ぶ色で自由に織っていくので、インディアン風の派手な色になったり、中間色でまとまったりと個性豊かな作品が多く、同じ作品は一つとしてありません。全て世界で一つしかない製品です。
F君は電車が好きなので、黄色い糸を選んで「西武線、西武池袋線」とか、赤い糸を選んで「地下鉄丸の内線」とか言いながら、ご機嫌で織っています。
「ガタン、ガタン、キー」など電車の音も声に出しながら織っていきます。身近な電車だけかと思っていたら、大阪の御堂筋線や地下鉄の色も知っていて言っているのには驚かされます。紫の糸を持つと谷町線、ピンクの千日前線と大阪の電車の話題も多いです。緑を見て山の手線と言っている時もあれば、その日のイメージなのか大阪の中央線という日もあります。頭が大阪の光景になっているようです。
作業所は、さをり工房として、彼らの作品も展示販売しているので、通りかかったお客さんや他部署の支援員が覗くと、自分の今、織っている赤い糸を指差し「何線?」と質問をしてきます。大抵のお客さんは分からず答えられなかったり、「(東京の)中央線かな?」と苦し紛れに答えると、首を横に振りながらF君は得意気に「御堂筋線」と答えます。
自分の住んでいない地方の電車をよく知っているものだと感心しますが、F君はその電車が走っている情景を楽しみながら織っているとしか思えないような笑顔で、さをり織りに取り組んでいます。F君は都内の特別支援学校高等部を卒業して、知的障害者対象の作業所に入所してきました。一般企業への就労は難しく、嫌なことがあると首を激しく横に振り続け、支援員の指示には従ってくれません。人も大好きで、仲間や支援員の側に来て、ペタッと触ってしまい、嫌がられることも多いです。トイレに入ると、中で電車の音を声に出してなかなか出てきてくれず、次にトイレに入りたい人が困っていても平気です。そんな彼が刺繍とさをり織りには、ニコニコと取り組んでいます。刺繍の糸や、さをりの糸の色を大好きな電車に見立てて嬉しそうに取り組んでいます。
彼には企業で要求される画一的な仕事はこなせませんが、世界で一つだけの作品を創ることができます。彼が織ったマフラーを首に巻き、ご老人が寒さから身を守り、その暖かさを感じながら散歩に出かけられると思うと私まで嬉しくなります。しかも、そのマフラーは同じ物は誰も持っていず、その人だけのオリジナル品なのです。集会やデイサービスなどで、人の物と間違えることも少ないでしょう。彼の織ったマフラーが、年を追うごとに増え、色々な人の体を温めていくことでしょう。
楽しげに仕事をしている彼を見ていたら、どうして、相模原事件のようなことが起きてしまったのだろうか?と不思議になります。人それぞれ自分の得意なことで日々の営みを行い、それが誰かの役に立つと思うと更に充実して生きていくことができます。彼の働いている姿を見れば、障害者は生きる価値がない、殺してしまおうと思う人の考えが変わるのではないかと期待したいです。死刑になる前に相模原事件の犯人に、是非、F君の働く姿を見せたいと思います。障害者は、役に立たない、役に立たない人間は不要であり、周りの人間も不幸にするという考え方は、相模原事件を起こした犯人だけではなく、人口の増えたこれからの地球のことを考えていかなければという私たちの心の中にもある考えではないでしょうか?
人間が存在しているとはどういうことでしょうか?私たちが生きているということはどういうことでしょうか?どんな生き方ができたらいいのでしょうか?
人それぞれの価値観、考え方で違うので、その違う価値観を言い合っても仕方がないと思いますが、今、ここに生きている人間がどう生きるかが大事なのだと思います。いろいろな天変地異を乗り越え、人間は進化してきたと言われています。今、ここに生きていることそのものが奇跡です。一つしかない一度しかない人生をどう生きるかが大事なのではないでしょうか?
障害があるからという理由で今の社会の尺度で無益、不要、無用の存在として扱うのは、目の前の生きている人間に対しての大きな犯罪ではないでしょうか?
障害があっても現に生まれてきて、今ここに存在しています。その一人の人間が一度しかない人生を自分の意思で自分らしく生きることができることが大事なのではないでしょうか?
今日もF君は「ガタン、ガタン、身延線」と言いながらニコニコとさをり織りに取り組んでいます。
彼の手から紡ぎ出された世界に一つしかない布が、誰かの首元や体を温めていくと思うと私の心まで暖かくなります。
吉田 由紀子