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“われもこう”の想い その9「音楽の持つ力」

われもこうの花は小さい
だから誰も振り向かない
誰も気がつかない
でも、われもこうは
誰かのために 何かをしたいと
ずっと願ってる
私も、障がいのある彼らも
ただの人間
天使でも悪魔でもない
ただの人間
目立たない花だけど
力一杯咲き切りたい

令和2年10月5日 その9「音楽の持つ力」

N君は知的障害がある上に、ADHDという診断も付いていて、じっとしていることが苦手で、自分の感情をコントロールすることも下手です。ちょっとしたことで、怒り狂い、家の中の物を壊してしまうという状態が続いています。高校生になった今、小学校の頃より動きも大きくなり、力も強く対応が大変です。勿論、小学校の頃から予測できたことなので、お母さんには、私からもっと大変になるけどその時は医療の力を借りてでも乗り切り、将来、社会で働ける人に育つ様見守りましょうと言い続けました。
でも、そんなN君が毎年あかねの会で行っている今から8年前の第14回心の鐘コンサートのヴァイオリンの「愛の挨拶」の演奏を聴いて「愛の挨拶の曲が好き。これを聞くと落ち着く」と言ったのです。
療育の時、ピアノで愛の挨拶を私が弾くと涙を流して、じっと聴いているではありませんか?
その後、ある朝、お家から電話があり、朝、大暴れしてガラスのコップを割ってしまい、手が血だらけの状態で布団に潜って学校に行かなくて困っていると連絡がありました。そこで、私が携帯をピアノの横に置き、愛の挨拶を弾きました。そうすると段々叫んでいたのも落ち着いていき、じっと布団の中で愛の挨拶を聞き静かになっていったとのことでした。
それ以来、私は、毎朝、側にN君がいなくても、愛の挨拶を弾くことにしました。今日も落ち着いて過ごせます様にと祈る様な気持ちで弾き続けました。久しぶりに会ったN君に、「今朝も愛の挨拶弾いたよ。聞こえた?」と言うと、彼はニコニコと「聞こえたよ」と答えてくれます。CDを買って愛の挨拶を聞けば?と思ったことがあり、そう言ったのですが、N君は「CD(の他の演奏)は、わからない。」「吉田先生のはわかる。」という表現をしました。
それでは尚と、いつでも、どこでも彼が必要な時に愛の挨拶を弾ける様に暗譜したいと思い、毎朝、仕事の前に一回は弾くようにしました。50歳過ぎると暗譜は無理と何かに書かれていたのですが、その事に対しても挑戦するつもりで毎朝弾いていました。
7年かかりましたが、完全暗譜でき、いつでも、どこでも弾けるようになりました。まさに、N君のおかげで私自身も磨かれました。身近に接するある音楽の専門家に、私のピアノのタッチの音が数年前より良くなったとも言われました。毎朝、弾いているからだろうと言われました。まさに、N君のお陰です。
そう思うと更に、毎朝、N君のためにと今でも、毎朝、愛の挨拶を弾き続けています。仕事の都合で朝、弾けないこともあるのですが、昼休みか、空いた時間、夕方とにかく1日に一回は必ず祈るような気持ちで弾いています。
ある時から、N君は「われもこう」(吉田由紀子作詞)の曲を聴いて、「この曲もいい。落ち着く」と言ったので、毎日弾く曲に加えました。「われもこう」の歌詞には、「私も誰かのために何かをしたい。私も何かの役に立ちたい」とあります。N君が、本当にそう思って行動できる日が必ず来ると信じて弾いています。
去年、N君は状態が悪化し、入院をしました。その時のことをお母さんから伺いました。

「やっと、面会が許可されたときには強い薬で起きていられない状態に胸が痛みました。
しかし、そこにはかつての怨みの言葉は一切消え、おだやかな仏のような顔をしたNがいて、17歳のお誕生日に彼は言いました。
『鍵のかかるお部屋で、お外が見えない。何の音もしない。怖い。でも吉田先生の愛の挨拶とわれもこうの歌だけ聞こえる。』
長い長い、なにもない1日。
いつも頭に流れるその音を聞いてすごしていると話していました。
牢屋のようなところにいて、全ての音を閉ざされ0になったとき、吉田先生の思いだけはいつも通りピアノの音霊に乗ってNに伝わっていたのだと思います。」

この話を聞いて、私は、N君の荒れ狂う魂の中にある本心を信じて弾き続けようと更に決心しました。この曲を聴いて感動する気持ちを持っているN君には、荒れ狂っているのが本心ではなく、必ずみんなと仲良くしていきたいという優しい気持ちがあるに違いないと信じています。
本当は、笑顔で家族みんなと仲良く暮らしたいと願っている筈なのに、感情コントロールができず、苦しんでいる魂、その魂の叫びを受け止め、本当はわかっている、いい子なんだと受け止めてあげられるといいなと思います。しかし、荒れてしまってコントロールがきかない状態が続くと、身近に彼の暴力の被害に会う家族がそう思い続けることは難しいのだろうということもわかるので、一体、他人である私に何ができるのだろうか?という無力感に襲われながらも、毎日、とにかく、いつか、N君が落ち着く日が来ますようにと祈るような気持ちで愛の挨拶とわれもこうを弾き続けています。

今日も、療育で会った時、「今日も愛の挨拶、弾いたよ。聞こえた?」と聞いたら、N君は「聞こえたよ」とニコニコ答えてくれました。その姿は、去年より落ち着いてきているように見えます。N君が、しっかり誰かのために、何かの役に立つ生き方ができる大人になるまで、毎朝、私は祈りながら、ピアノを弾き続けようと改めて決意しました。

吉田 由紀子

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